「今どきの若者は・・・」

て、かつて私も言われていましたが、今は自分が口にしています^^;;
だんだんジェネレーションギャップについていけなくなって
きたのでしょうか?
それとも、本当に今の若者が変わってきたのでしょうか?


ネットワークビジネスの無料資料請求いただき、資料をお送りし、
その後メールをお送りしてもお返事ない方がいらっしゃいます。

若い方、20代の方からの申し込みも増えてきました。
お返事のない方、年代別統計取っていませんが、全ての世代に
存在します。
とくに、ある程度年齢のいった方にもいらっしゃるのには、
ちょっとがっかりしますね。


「無料だから、いい」と気軽にお考えなのでしょうか、
もしご自分が資料を送る側になったら、どう思われるのでしょうか?

若い世代が何をかンが得ているのか、どう接していいのか
日本を離れて、子供がいない私には想像しがたい点が多く
あります。


「日経メディカル オンライン」の記事に、
参考になる記事を見つけましたので、ご紹介します。
今の若者と付き合う、いいヒントがあります。

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医師不足のこのご時世、若手医師も貴重な戦力。やる気にさせて、うまく動かすのも上級医の腕の見せどころだ。1960年代生まれで、かつて"新人類"世代と呼ばれた福井大病院
総合診療部教授の林寛之氏と、立教大現代心理学部教授香山リカ氏に、若手医師と上手に付き合うすべを聞いた。


心で泣いて、笑顔で指導

 

──福井大病院総合診療部教授  林 寛之氏
 

 「最近の若手医師はプライベートばかり重視し、師弟関係も 希薄になった」という意見を聞くが、裏を返せば自分の時間を大切にし、メリハリの利いた働き方ができる「進化形」の医師と考えられる。私も含めて今の指導 医の世代も、昔は「新人類」などと呼ばれて年配医師から疎まれていたのを思い出す。

昔の自分たちと比べて、今の若手はレベルが総じて高い。特に情報を収集する能力に長けており、必要な知識や行為の取捨選択もきっちりしている。診療現場で彼らは、正しい医療情報に当たって勉強し、エビデンスの観点から自ら判断するすべを身に付けている。

  そういう意味では頼もしいのだが、経験によってしか身に付かないことを軽視し、座学ばかりを偏重して頭でっかちになることもある。そうならないよう、私は カンファレンスなどで若手医師に、「"Think Globally, Work Locally"で行こう!」と声をかける。世界的なエビデンスはこうだけれども、「ウチのあの科の先生は...」「この患者さんの場合は...」などと、エビデ ンスだけにとらわれない視点を喚起するのだ。経験や状況によって臨機応変に診療方針を決定することの重要性を、そこから感じ取ってもらう。

 

また、若手を叱責する際、怒るのは逆効果だ。私のモットーに、「No Fight」がある。患者に対するのと同様、若手医師にも決して怒鳴らない。怒鳴るのは、「自分が偉い」と勘違いした人間が優越感を得たいためにすることではないだろうか。

 声を荒らげると、そこで相手の思考が停止してしまう。相手の行動変容を促すのが目的だから、聞き入れやすい穏やかな口調で話すべきだ。その方が、今の若手医師にはよく伝わる。もっとも指導する側は、顔で笑って心で泣く日々を送るのだが。

 若手医師が礼儀を知らないというが、上級医が礼儀正しい姿を見せているだろうか。上級医の言葉遣いや患者対応は、そのまま鏡のように若手医師に反映されるからコワイ。

  礼儀についていえば、開業医の先生の中には、病院に患者を紹介した際、自分より若い病院医師が「この程度なら紹介する必要もないのに」といった態度を取 り、苦々しく感じた経験のある方も少なくないだろう。実は、私の専門であるERでも、同じように他科の若手医師に頭を下げなければならない状況が度々生じ る。

 そういうとき、こう考えてはどうだろうか。「スムーズな連携のため、患者のために頭を下げるのだ」と。そうすれば変に尊大な医師に遭遇しても気にならない。これこそプロの"心意気"というものだ。

 とはいえ、それでも腹立たしい人に出会う場面はある。私はそういう場合、その人の話を一字一句書き留めておいて、飲み会のネタとして存分に使わせてもらう。(談)。

 

 

おせっかいなくらいに会話を

──精神科医、立教大現代心理学部教授  香山 リカ氏

今は「フツー」の医者が増えた。これは悪い意味ではなく、一般の人たちとの垣根が低くなってきたということ。昔は威厳に満ちていたこの職業も、今やサービス業の一職種として、患者との関係が対等になってきている。若手医師は昔ほど自分たちを特別な存在とは思っていない。

 だから、彼らは特権意識が薄く、患者さんとの関係もフラットに構築できている。自分のアイデンティティーの置き場がたくさんあって、「医師であること」の比重が小さい。

 一方で、自分が批判・否定されることには非常に臆病。彼らは「褒める」「肯定する」教育の中で育ってきた。つまり純粋培養なわけで、批判への抵抗力や受け流す器用さ、したたかさが足りない。

私が研修医になった頃は、ピアスをしているだけで叱られ、髪の毛の色にも口出しされた。私は雑誌にエッセイなどを寄稿していて、そのことで叱責や批判も受 けた。でも、表面上は受け止めつつ、心の中で「また何か言っているよ」とつぶやき、受け流してきた。蛙の面に水という感じで、今思えば周囲にはとてもふて ぶてしく感じられたと思う。

 今の若者はそうした叱責を正面から受け止めてしまう。単なる技術指導であっても、言葉尻が厳しいというだけで、自分の行動全体を否定されたような気分になり、落ち込んでしまうようだ。

 アイデンティティーの柱になるものがないから、批判を受けるとすぐに揺れ動くのだろう。医師であることがよりどころになっていないので、「医者たるもの...」などと講釈を垂れても、彼らの心には響かない。

 こうした若手医師に対応するには、まず彼らを肯定することから入る必要があるのではないか。私が心掛けているのは、自分たちの世代と違う彼らの側面を否定的に受け止めるのではなく、自分より優れている部分、学ぶべき部分を認めていくことだ。

 例えば、情報収集やコミュニケーションの能力。情報インフラが整ったという側面もあるが、それを使いこなすためのツールや方法を見つけ出す点においては、やはり彼らに学ぶべき部分がたくさんある。

  そして、彼らに注意したい場面に遭遇したときは、「肯定」から話を切り出すことだ。「いつも頑張っているね」など、何でもいい。アイデンティティーの置き 場が多くて迷っている彼らを落ち着かせるために、一言添えてから、本題に入ることだ。純粋な彼らは、肯定されていることに安心感を覚えて、耳を傾けてくれ る。

 最近のベテラン医師は忙し過ぎるせいなのか、若手と話ができていない。相手の年齢や肩書にひるまず話ができるのも若者の特徴であり、おせっかいなくらいに話しかけるのがちょうどいい。それが互いに理解し合うチャンスとなる。(談)。