では日本での、ネットワークビジネスの歴史はどうでしょうか?

日本で最初にネットワークビジネス企業が設立されたのは、
1969年アメリカ資本の洗剤を扱うスワイプ・ジャパン(1977年にホームケア・ジャパン、
2000年にネイチャーケア・ジャパンと社名変更)だと言われています。

その後、ネットワークビジネスブームと言われる時期が3回ありました。


<第一次ブーム、1973年~74年>

このブームの先駆けで1971年にAPOジャパン、1972年にホリディ・マジックが設立。
この外資系の2つに邦人資本のジャッカーチェーンを加えて、当時は「三大マルチ」と
呼ばれていました。

これらの企業の特徴は
販売登録や上級販売員に昇格するために高額な「登録料」が必要だったこと
商品の販売をしなくても、販売員をリクルートするだけで「スポンサー料」が得られる
仕組みになっていたことです。

商品の販売より、人を勧誘することを目的としたマネーゲーム的要素が強かったわけです。
これらは、当時の若者を中心に急速に広まりました。
73年から74年にかけてマルチ業者は300~500社もあり、その被害者は100万人ともいわ
れ、社会問題となりました。

また同時期に『天下一家の会』によるネズミ講の被害者を続出しました。

このため『マルチ商法=悪』という最初にマイナス・イメージが生まれたのです。

その頃急成長を始めていた訪問販売と通信販売も含めて、無店舗販売を取り締まる法が1976年に制定されました。三大マルチと呼ばれた企業は「連鎖販売取引」として規定され
厳しい規制を受けることになり、崩壊することになりました。


<第二次ブーム、1980年代前半>

この時期に現在でも営業を続けている、いわゆる「ネットワークビジネス企業」がブームの
先駆者となりました。
1975年に日本シャクリー、1979年に日本アムウェイが営業を始め、1980年代初めには、
これらの企業に参加する人が急増し業績も伸びてきました。

しかし、70年代に消滅したマルチ商法も再興され、再び社会問題となりました。

そのため、1988年に「訪問販売法」が改正され、翌年から訪販法違反での摘発が続発
され始めました。

また『マルチ商法=悪』という悪いイメージを世間に思い出させることになりました。


<第三次ブーム、1990年代後半>

バブル崩壊後のこの時期、1992年にハーバライフオブジャパン、1993年にニュースキン
ジャパンが相次ぎ開業しました。

しかし、この時期にもマルチ商法による被害が再び増加したため、
2001年に「訪問販売法」は、「特定商取引に関する法律」と改称されました。

これによって、悪徳マルチ商法と正当なネットワークビジネスの差が明確となりました。